心にしみる言葉―「ある自衛官の殉職」

1999年11月22日午後、航空自衛隊入間基地所属のT33型ジェット練習機が入間川河川敷に墜落しました。

その際、東京電力の高圧送電線を切断し、東京・埼玉の約80万世帯で停電となりました。

以下は、事故当時に狭山ヶ丘高等学校校長・小川義男先生が学校通信に書かれた文章です。

《人間を矮小化してはならぬ》

校長 小川義男

先日、狭山市の柏原地区に自衛隊の練習用ジェット機が墜落しました。 たまたま私は、寺田先生と共に、あの近くを走っていましたので、立ち寄ることにしました。すでに付近は閉鎖されていて、近くまで行くことはできませんでしたが、それほど遠くないあたりに、白煙が立ち上るのが見えました。

見上げると、どのような状態であったものか、高圧線がかなり広範囲にわたって切断されています。高圧線は、あの太くて丈夫な電線ですから、切れる時はぷつんと切れそうなものですが、多数の細い線の集まりからできているらしく、ぼさぼさに切れています。何カ所にもわたって、長くぼさぼさになった高圧線が鉄塔からぶら下がっている様は、正に鬼気迫るものがありました。

聞くと、操縦していた二人は助からなかったそうです。二佐と三佐と言いますから、相当地位の高いパイロットだと言えます。二人とも脱出を試みたのですが、高度が足りなく、パラシュート半開きの状態で地面に激突し命を失った模様です。

以前、現在防衛大学の学生である本校の卒業生が、防衛大学合格後、航空コースを選ぶというのを聞いて、私が止めようとしたことがあります。「あんな危ないものに乗るな」と。彼の答えはこうでした。「先生、戦闘機は旅客機よりも安全なのです。万一の場合には脱出装置が付いており、座席ごと空中に打ち出されるのですから」と。

その安全な戦闘機に乗りながら、この二人の高級将校は、何故死ななくてはならなかったのでしょうか。それは、彼らが十分な高度での脱出を自ら選ばなかったからです。おそらく、もう百メートル上空で脱出装置を作動させていれば、彼らは確実に自らの命を救うことができたでしょう。47歳と48歳と言いますから、家族にとって、かけがえのない尊い父親であったことでしょう。それなのに、何故彼らはあえて死を選んだのでしょうか。

実は、あの墜落現場である入間川の河川敷は、その近くに家屋や学校が密集している場所なのです。柏原の高級住宅地は、手を伸ばせば届くような近距離ですし、柏原小、中学校、西武文理高等学校もすぐそばです。

百メートル上空で脱出すれば、彼らは確実に助かったことでしょうが、その場合、残された機体が民家や学校に激突する危険がありました。彼らは、助からないことを覚悟した上で、高圧線にぶつかるような超低空で河川敷に接近しました。そうして、他人に被害が及ばないことが確実になった段階で、万一の可能性に賭けて脱出装置を作動させたのです。

死の瞬間、彼らの脳裏をよぎったものは、家族の顔でしょうか。それとも、民家や学校を巻き添えにせずに済んだという安堵感でしょうか…。

他人の命と自分の命の二者択一を迫られた時、迷わず他人を選ぶ、この犠牲的精神の何と崇高なことでしょう。皆さんはどうですか?このような英雄的死を選ぶことができますか?私は、おそらく皆さんも同じコースを選ぶと思います。私も必ずそうすることでしょう。実は、人間は、神の手によって、そのように創られているのです。

人間は全てエゴイストであるという風に、人間を矮小化、つまり、実存以上に小さく、卑しいものに貶(おとし)めようとする文化が今日専らです。しかし、そうではありません。人間は、本来、気高く偉大なものなのです。火災の際の消防士の動きを見てご覧なさい。逃げ遅れている人があると知れば、彼らは自らの危険を忘れて猛火の中に飛び込んで行くではありませんか。母は我が子の為に、父は家族の為に命を投げ出して戦います。それが人間の本当の姿なのです。その愛の対象を、家族から友人へ、友人から国家へと拡大していった人を我々は英雄と呼ぶのです。

あのジェット機は、西武文理高等学校の上を飛んで河川敷に飛び込んで行ったと、(西武文理の)佐藤校長はパイロットの犠牲的精神に感動しつつ語っておられました。

しかし、新聞は、この将校たちの崇高な精神に対して、一言半句のほめ言葉をも発しておりません。彼らは、ただもう自衛隊が、「また事故を起こした」と騒ぎ立てるばかりなのです。防衛庁長官の言動も我慢がなりません。彼は、事故を陳謝することのみに終始していました。その言葉には、死者に対するいたわりの心が少しもありません。

防衛庁の責任者が陳謝することは、それはもう当然です。国民に対してばかりか、大切な隊員の命をも失ったのですから。しかし、陳謝の折に、大臣はせめて一言、「以上の通り大変申し訳ないが、隊員が、国民の生命、財産を守る為、自らの命を犠牲にしたことは分かってやって頂きたい。自衛隊に反発を抱かれる方もあるかもしれないが、私に取り彼らは可愛い部下なので、このこと付け加えさせてもらいたい。」くらいのことが言えなかったのでしょうか。隊員は命を捨てて国民を守っているのに、自らの政治生命ばかり大切にする最近の政治家の精神的貧しさが、ここには集中的に表れています。まことに残念なことであると思います。このような政治家、マスメディアが、人間の矮小化を更に加速し、英雄なき国家、エゴイストのひしめく国家を作り出しているのです…」



「他人を生かす為に尽力することの尊さと喜び」


その価値に触れた時、人は心に「生きる力」

漲(みなぎ)ってくるはずです。


なぜならば、


人はそのように創られているからです。


そして、


その価値を伝える場所が、

正に「家庭」であり、

その価値を実践すべき場所が

「学校や社会」であるはずです…




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